*泉武会に伝わる型の説明

泉武の撃砕初段:昭和15(1940)年に、宮城長順が青少年の体育向上の為に創作した入 門型であ

   り、擊砕第一と呼ばれている。泉武会では『泉武の擊砕初段』の呼称を使い、型は、左

   右対称の演武線上に技を構成し直し、よりダイナミックな型になっています。

泉武の撃砕弐段:昭和15(1940)年に、宮城長順が第一に続く二番目の型として創作し 擊砕第二

   と呼ばれている。第一が握拳なのに対し一部開掌を使い若干高度な動きになっている。

   泉武会では『泉武の撃砕弐段』の呼称を使っており、初段と同様に初代宗家が若干改変

   しています。型は、初段と同じく左右対称の演武線上で技が構成されており、初めから

   最後の動作迄、開掌技を使う所に特徴があります。

泉武の撃砕参段:初代の意志を継ぎ、平成13(2001)年に『泉武の擊砕初段』を基に三 代目が創

   作。初段より、更に高度な接近攻防・転身動作等が組み込まれて構成されています。

泉武の撃砕四段:参段と同様に初代の意志を継ぎ、平成13(2001)年に『泉武の擊砕弐段』を基

   に三代目が創作。弐段より、更に高度な接近攻防・転身動作そして泉武会に伝わる掌底

   技法の一部が組み込まれて構成されています。

最破:全日本空手道連盟の第一指定型()であります。泉武会の伝承型との違いがいくつか見ら

   れ、例えば初めの左右の転身に伴う肘と裏拳の使い方を比較して見 ると、全空連では掴

   まれた手首を力で引き抜くのに対し、泉武会では、掴まれた部位に体を寄せ、相手に力

   反応を起こさせないように外します。次の裏拳動 作は、全空連の直線的な打ちに対し、

   泉武会では、接近戦を想定し肘を下から 上に引き抜き、手首を鞭のように使って打ちま

   す。

征遠鎮:初期の頃は、制引戦と書かれていた。字の如く、手首や首()を引き込んで相手を制す

   る技が多く見られる。戦前に当時の世相を反映して遠くを征服し鎮めるという意味を与

   え、征遠鎮と表記するようになり、現在は、両方の表記を使っている。この型は蹴り技

   が全くなく、前腕と手首をしなやかに使う所に、逆技の極意である『柔の呼吸法に伴う

   柔らく淀みのない粘りのある力』の使い方が隠されています。

三十六手:三十六手は、戦前に宮城長順が兵役に就いていた為、許田重発のみが東恩納寛量か

   ら習ったと言われている。泉武会の三十六手は、比嘉世幸系統から初代宗家に伝わっ

   た。昭和33年頃に初代宗家の高弟、吉丸貞雄(慶雪)氏が大分県の許田宅に訪問し許田系の

   三十六手を習い泉武会に持ち帰った。昭和35年に行われた泉武会の創立20周年演武大会

   に於いて、吉丸氏が古流三十六手として演武をしている。現在、泉武会に伝わっている

   型は、比嘉系統なのか許田系統なのか定かではありません。

志荘鎮:セイエンチンと同様の事情で、戦前に四向戦から志()荘鎮と表記されるようになり現

   在に至っている。腰の鋭い切り返しの動作、掴みから腕抑えの崩し技、掴まれた手首の

   外し技、前後左右四方向への連続押え受け、前腕(小手)の柔らかい使い方等に特徴があり

   ます。

十八手:この型は、接近戦における攻防技・逆技・外し技・関節技等の護身術的技法が多く含

   まれている。例えば、始めの動作の手首を掴まれた外し技には、相手に力反応を起させ

   ない高度な技法が含まれ、また途中の猫足からの動作には、立居での腕拉ぎ十字固めの

   技法が含まれている。金城昭夫氏の説によると、終盤の中高一本拳の用法や、初動の四

   股立ち姿勢で右手を伸ばす姿は、龍が炎の如き長い舌を出して咆哮している様子を表

   し、中国龍拳の影響が見られると言う。

来留破:高段者になって習得する剛柔流を代表する型の一であり、入身からの攻防、掴みと投

   げの技法、腰の力の伝達技法等に特徴が見られる。例えば、腰の力を背筋を通して前腕

   から掌に伝える独特の力伝達技法、転身を伴って裏受けから入身に入る技法、また合気

   道の四方投げと同様の技法等があり、そこには剛柔流独特の逆技と投げ技の奥義があり

   ます。

十三手:剛柔流を代表する型の一つであります。初動の受けからの突きは、「セイサン拳」とも

   言われ一撃必倒(所謂、発勁打法)の技法が入っています。初めの突きの後の動作は、狸や

   猫が前足で顔を拭う動きに似ているので狸猫洗面(通称:猫洗)と言い、続く両手を円相

   に張り出す前腕の使い方には、相手に力反応を起させない呼吸法と力抜きの技法が隠さ

   れています。最後の動作は、誘いの前蹴りから相手の攻撃を迎え打つ後の先の技法であ

   ります。

壱百零八手:剛柔流の最高峰の型で別名ペッチューリン(百歩連)とも呼ばれ、上・中・下三つの型

   から構成されていて、伝承されている型はそのうちの一つであり、技の数は、其々36

   で上・中・下合せて108手になると言われています。初めの両手を広げるの動作は、大きな

   鳥が羽を広げ周囲を威嚇する様子を表していると言われている。技の特徴としては諸手

   技(夫婦手)が多く、その使い方には、力の緩急と剛柔・高速技法・発勁打法・瞬間脱力そ

   して剛と柔の呼吸法による小手の使い方等、多くの奥義が隠されています。

白鶴:中国鶴拳法の門派の一つである永春白鶴拳には、主に手刀や貫手・掌底等を使う技法が

   多く、握拳が少ない。沖縄に伝わったこの型は、詠春拳の套路が沖繩化されて現在の形

   になったのであろう。泉武会に伝わる白鶴は、戦後に沖縄の比嘉世幸の高弟玉城寿英か

   ら伝ったのであります。

三戦:三戦は、東恩納寛量が中国から伝えた基本の鍛錬型であります。初めは、素早く貫手で

   突いて掌を返しながら引いて構え、呼吸音を表に出さなかったが、後に貫手を握拳に、

   そして動作をゆっくりと行うように変えた。その後、宮城長順が現在の様な力強い呼吸

   法に変えたのである。鍛錬の目的は、立ち方・姿勢・歩法・呼吸法・力の強弱と伝達

   法・身体の剛体化と気の集中・体幹の鍛錬・基本の手技の構え等を修得する事でありま

   す。自得する事は、困難なので良師から正しい技法を学ぶ必要があります。三戦は、剛

   の呼吸法であり、息を吸う時は膝を螺旋状に外に張り、続いて会陰を上げて(骨盤を上げ

   る)腹式・胸式・肩式呼吸と連続して最大限に空気(気・エネルギー)を取り込みます。そ

   の時、肩を上げずに気を丹田に溜める様に意識する。息を吐く時は、骨盤を下げ腰背部

   から胸背部へと気()を廻し、更に肩甲骨を落として上腕・肘・前腕・拳へと気()を伝

   え、最後に腕の内側を伸ばし骨盤を引き上げ、強い吐気に伴い丹田を強く締め身体全体

   を瞬間的に強く締める。呼吸は、動作に合せてゆっくりと途切れずに最後に強く吐きま

   す。

転掌:転掌は、宮城長順が剛柔流に伝わる白鶴拳の秘伝書「武備誌」のなかに図解されている六

   機手(6種類の手技の総称)を研究し創作した。昭和の初期まで六機手と呼ばれていたが、

   後に手首の捻りや掌と前腕の回転が多く使われる特徴から「転掌」と呼ばれるようになっ

   た。三戦の剛の呼吸法に対し、柔の呼吸法で身体を柔らかく締め、前腕・手首・五指を

   剛から柔へ緩やかに変化させる所に剛柔流の奥義が隠されています。肘と手首の柔らか

   く張りのある使い方は、泉武会の特徴となっています。吸気と吐気は三戦と同様に行い

   ますが、身体内部の締めは三戦の7080%程にして、小手(前腕)と手首・指先に力()

   集中させ伸筋力の伝達と制御法を会得します。力と力の衝突を避け相手に力反応を起こ

   させない技法が転掌の中に隠されているのです。三戦同様、自得するのは困難なので良

   師から正しい技法を学ぶ必要があります